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好きだけど得意ではないことと、好きではないけど得意なこと。これまでは好きだけど得意ではないことに比重を置いてた。仕事でも普段の生活でも。どっちがいいかなって考えた時に積極的に前者を選んでた。なぜかそっちのほうがいいような気がして。でもその考えとは裏腹に後者のほうがスムーズに事が捗ることに気づいてしまった。前者は一定のレベルに達するまでの努力が必要不可欠で、周りからみたら簡単なことでも、わたしにとっては疲労の素になる。好きだから頑張れるでしょう?って言われたらそれまでなのだけど。後者は前者と比べると努力の量は半分以下。得意だから好きではない要素が少し入っていても慣れればそこまで気にならないし、あまり疲れない。そして気づくと上達してたりする。両方経験して思ったのだけど、この世では後者のほうが生きやすい。これまでは何に関しても好きな要素が多いほうがいいって思っていたけど、今はそうでもない。「好きなことの割合が多い=生きやすい」ではないみたい。より生きやすい人生にするにはどうするのがいいのかなって考えたら、好きなことと得意なことをバランスよく混ぜるほうが合っているなと思った。これまで得意なことを避けてきたわけではないけど、どうせなら好きなことをしないとなって思ってた。人生1度きりだしね。よく好きなことをしましょうって言葉を聞くけども、かなり極端なのかもしれないね。好きなことと得意なことが近いか、同じだったら当てはまるかもだけど。そして何が好き・嫌いで、何が得意・不得意かを書き出すと結構役に立つね。それらは時間と共に変わっていくから定期的に書き出しているのだけど、今回は前回よりも大きな発見があった。やっぱり定期的な情報(脳内)断捨離は欠かせないわ。

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久しぶりに Linkin Park のアルバムを聴いている。わたしの暗黒時代を支えてくれた大切なバンドの1つ。「人生クソだし、生きてる意味ないし、わたしはなぜ生まれてきたの?まじ勘弁してほしい」時代にかなりお世話になったバンド。7月に Chester が亡くなってからは悲しすぎて聴けなくて。亡くなったことを知った時は心にぽっかりと穴が空いたよね。あーもう!って感情に心が押しつぶされ続けてた中学生の頃は常に Chester の声を聴くことで内側の衝動を抑えてたわ。当時のわたしにとって Hybrid Theory は痛み止めのようなアルバムだった。わたしが喜怒哀楽の中で一番表現しにくいのは怒。数年前までは頻繁に1人でカラオケに行って発散してた。不思議とカラオケすると出し切れるのよね。今は怒になる頻度より哀の頻度のほうが高い。思いっきり泣くと体内に溜まってるぬめりが取れる気がする。味覚と感情は似ているのかもしれない。どれか1つに偏るのではなくて、すべてを味わい、感じるのがいいのかも。話がズレたけども、Chester の声は隠しがちな感情を出してくれる声だと思ってる。だからこそ聴くととても落ちつくのよね。それは今もこれからも変わらないと思う。これまでありがとう、そしてこれからもありがとう。ずっと大好きです。

Chester Bennington, you will always be loved and remembered every day.

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書き足りないので戻ってきた。表面上で判断することに慣れると、それが心の声だと勘違いしてしまうのよね。自分の中にある言葉(声)を信じるのが怖いっていう思いもあった。心のどこかでわたしは幸せになってはいけないってブレーキをかけてた。今もがっちりかかってるけどね。自分を犠牲にして周りを幸せにすることが当たり前すぎて、それをせずに安心を手に入れられることを信じたくなかったのかもしれない。自分をすり減らして周りを笑顔にさせることに必死になってた時期もあったな。そこまでする必要ないでしょう?っていう自分の声を無視して。習慣でついつい・・・。そうすることで争いを避けてたってのもある。それまではそうすることでしか自分を守れないと思ってた。すごく狭い視点で物事を見ていたなぁ。可能性は無限にあるのに、それを無意識に自分で踏んづけてたね。自分の可能性に気づくのが怖かったのかな。それなりに殻を破れたと思っていたけど、まだまだだったみたい。外の世界で何かが起きたというよりは、内側の世界で小さな爆発が起こって中身が若干黒こげ状態って感じかしら。とても香ばしい匂いがする・・・!