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当たり前のように地球に住んでるけど、ここでの(肉体的な)滞在期間は限られていて、いつ去るのかはわからない。生まれた時と同じように気づいたら生まれていて、気づいたらいなくなっているのだと思う。そう考えると毎日が貴重だからなるべく物事を後回しにするのはやめようとなる。自分の力で生きているというよりははるかに大きな存在に生かされてるのだと思う。もちろん自分の人生だから運転手はわたしだけど、時に運転してるつもりが運転されてたりする。

内側と外側の不一致が広がれば広がるほど自分が生きたいと思っている世界とは逆の方向に進んでしまうのかなと思う。こうしたいのに、なんでこうしてるんだろう?って気づける内は軌道修正方法も緩やかだけど、気づかなかったり、気づいていないふりをしてたりするとより強力な方法で修正がかけられる気がする。そんでその修正イベントから何を学ぶかなんだと思う。残酷なまでに自分に正直になると、それまでとは違った視点で生きるようになるから不思議。

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これまで何をしていた時が一番嬉しくて、なぜ嬉しかったのか。

これまで何をしていた時に一番満足感を得られたか、なぜ満足感を得られたのか。

今の生活で足りていないものは何か。

今の生活で一番不満なことは何か。

今の生活で一番楽しいと思えることは何か。

今後の自分にとって最も理想的な生活はどのようなものか。

その生活の最も素晴らしい点は何か。

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みたいなことを自問自答するとやっぱりわたしは○○を優先して生きたい、とかある時までは○○が大事だと思ってたけど違ったわ、なんて思いが湧いてくる。内側と外側のズレが広がらないように生きようって改めて思った今日この頃。日々の積み重ねだわ。Louise Hay が、今日という日は昨日のわたしが作った未来だと言っていたな。ビシッとしよう。

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わたしは人の多い場所へ行くと楽しむ気持ちよりも耐える気持ちが勝ってしまう。細かく言うと人の喜怒哀楽が混じり合う場所にいるのがすごく苦手。唯一楽しむ気持ちが勝つ場所はライブ会場。行った次の日は頭痛がして体に力が入らないけれどそれも経験の内だと思うようにしてる。

耐えることについてなのだけど、わたしは物心ついた時からドMかよってくらい耐えることが当たり前にできる子供だった。幼稚園に上がる頃には両親の仲が冷えきっていたから、母のうっぷんは常にわたしと弟に向けられてた。父は常に無口で母と同じように心の中に怒りを抱えていたように思う。わたしたち兄弟は両親の怒りが充満した家では落ち着くことができず、いつもびくびくしてた。わたしはその頃から生きることの意味を考えるようになってそれは今も変わってない。両親が衝突しないようにするにはどうすればいいかってことを第一に考えていたから、毎日気疲れしてたのを覚えてる。そしてその時にすべてを反面教師にするって決めた。ありえないことがありえる家庭だったからこそ芽生えた思いだね。

当時の環境もあるだろうけど、20歳を過ぎて確信したことがある。それはわたしが周りの気持ちや環境に影響を受けやすいということ。家庭内では常に耐えなきゃ、耐えなきゃと自分の気持ちに蓋をしていてこんなの当たり前だと言い聞かせてたのだけど、今思えば相当ストレスを感じていたのだと思う。

小学生の時はよく下痢をしていて勉強も手につかず。帰宅すると重い空気が流れてて全く落ち着かなかった。元気に振る舞うことはできたけどそれも辛くて。集団で行動するのが大嫌いだったからいつも浮いてた。無理してグループの中に入って疲れるなら、独りでいたいなって思ってた。家で合わせてばかりだったからその反動だったのかもしれない。

社会に出てからも入った職場の空気に影響を受けてしまって、その度にトイレにお世話になってた。同僚が不機嫌で別の同僚と喧嘩し始めると急に元気が無くなってきて深呼吸しに廊下まで行ったり。その同僚から相談を受けた後は体に力が入らなかったり。どれだけ弱いんだわたし・・って自分をかなり責めてた時期があった。大好きな友人といる時はむしろ元気をもらえてパワーアップするのだけど、基本疲れてしまうので人づき合いにはかなり慎重。だから友人が少ない。

職場選びも一大事。感覚に頼るのみ。私が働ける場所があるってことがすごいと思う。日々のメンテをしていても強力な空気には敵わないから砕けてしまった時は言葉にならない気持ちになる。生きるのって決して簡単じゃないから、自分で選べることについてはとことん選ぶのが大事だね。

そんな感じかな。なぜか書きたくなって書いてしまった。ちなみに夕飯は鮭ちらし。

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今日は都会に行ったのだけど、いつものように騒音と人の多さに驚いてしまった。生まれてから30年近くが経ったけれど、騒音は慣れないなぁ・・わたしはやっぱり都会仕様ではないみたい。芝生の上に寝ながら雲の動きを観察するのが好きだ。いつも思うけど、幼い頃から空を見ながら空想していたわたしがこうして今日も生きているのは奇跡以外の何でもないと思う。今の時代に生まれたとしても何とか生きてるだろうけど、生きづらすぎて早くにギブアップしていてもおかしくはない。だからこそこれまでの道のりで出会って一緒に歩いてくれた人達には感謝の気持ちしかない。そう考えると恵まれてるなぁって思う。そして年末までもうちょいなので思いっきり突っ走ります。来月はライブなので今からわくわく。